羊膜移植術ガイドライン

はじめに

眼科領域における羊膜移植術のルーツは、de Rotth1)や Sorsby ら 2)が結膜欠損や化学腐蝕などに応用した1940 年代に遡ることができる。その後大きな進展は見られなかったが、約半世紀を経た 1995 年、Tsengら 3)が眼表面疾患に対する羊膜移植の有用性を家兎実験において示したのを皮切りに、基礎的、臨床的研究が精力的に行われ、眼表面の異常に対する羊膜移植の有用性は国際的に広く認知されることとなった。1997 年、本邦においても瘢痕性角結膜疾患患者における羊膜移植の有効性を Shimazaki ら 4)が初めて報告している。その後の 2003 年には高度先進医療として認定され、眼表面手術手技の一つとして普及しているのは周知のとおりである。また、2004年 11 月には、世界保健機構(WHO)5)により、羊膜移植(眼科領域に限定)が組織移植の一つとして位置づけられたが、と同時に、採取、保存方法等に関して厳密な規制を受けることとなった。羊膜移植を有効かつ安全に行うためには、「羊膜組織の取扱いに関するガイドライン」の遵守が極めて重要であり、加えて、羊膜移植術に関する基本的知識および手術手技の習得が不可欠である。今回の保険収載を受けて、日本角膜学会および日本角膜移植学会では「羊膜移植に関する委員会」を立ち上げ、羊膜組織の採取・斡旋に関する規約の整備を行うとともに、羊膜移植術ガイドラインを策定することとした。2014 年 3 月の時点では全国の 21 施設で本手術 が実施されている。我が国における羊膜移植のさらなる発展に向け、本ガイドラインがその一助となることを関係者一同が望むものである。

2014 年 4 月
羊膜移植に関する委員会

注)羊膜移植に関する委員会
委員会は、西田幸二(日本眼科学会理事・日本角膜学会理事長)、天野史郎(日本角膜移植学会理事長)、木下茂(日本眼科学会理事・日本角膜学会理事)、大橋裕一(日本眼科学会常務理事・日本角膜学会理事)、澤 充(日本角膜学会理事)、篠崎尚史(日本組織移植学会理事)の6名で構成される。なお、オブザーバーとして相馬剛至(大阪大学・日本角膜学会)も加わっている。

ガイドライン

羊膜は胎盤の最内層に位置し、羊膜上皮と基底膜、実質組織からなる膜組織である。種々の眼表面疾患の外科的治療にあたり、特に結膜組織の増殖抑制と結膜上皮伸展のための基質の供給を目的に羊膜移植術が行われる。また、角結膜穿孔あるいは遷延性角膜上皮欠損などにおいては、充填素材、被覆材料としての効果を発揮する。 本ガイドラインは、「術者」、「実施施設」、「適応」、「術式」、「インフォームド・コンセント」、「術前スクリーニング検査」、「術後の経過観察」の各項目からなる。

1.術者

羊膜移植術は眼科専門領域で取扱うべき治療法であり、術者は日本眼科学会会員であるとともに、眼表面の病態生理や創傷治癒機転に精通している必要がある。その要件としては、

  1. 眼科の臨床経験を5年以上有すること。
  2. 羊膜移植術について術者または助手としての経験を6例以上有すること。
  3. 羊膜取扱いガイドラインおよび羊膜移植ガイドラインの内容を遵守して羊膜移植術を行うこと。
  4. 日本眼科学会主催の講習会(年2回開催予定)を受講すること。

があげられる。 ただし、初年度である平成26年度については当該年度内の講習会受講を前提に、上記の1)~3)の要件を満たせば仮承認とする。

2.実施施設(今回の診療報酬改定の文章から引用)

羊膜移植術の実施施設は以下の要件を満たすことが必要である。

  1. 羊膜移植術について術者または助手としての経験を6例以上有する常勤医が少なくとも1名配置されていること。
  2. 術者が眼科の臨床経験を5年以上有すること。
  3. 術者を含めて常勤の眼科医が3名以上いること。
  4. 日本組織移植学会の定めるガイドライン等を含め、関連学会が定める基準を遵守する確約書を提出していること。

羊膜移植実施施設は、自施設で採取した羊膜を自施設で使用できる「羊膜バンクまたは羊膜取扱い施設」と羊膜バンクから供給された羊膜を移植手術に使用する「羊膜移植施設」に分けられる。保険請求の際には、前者では施設 ID と各羊膜のロット番号を記入し、後者ではシッピング元の羊膜バンクの ID とそのロット番号を記載してレセプト申請する(シッピング元の羊膜バンクとの間で契約を完了しておく必要がある)。

3.適応

羊膜移植術についてはその長期予後についてなお不確定な要素があること,他家よりの生体組織移植であることから慎重に適応例を選択しなければならない。

  1. 年齢
    患者本人の十分な判断と同意を求めることが可能な点で原則20歳以上とするが、親権者の同意があれば未成年者でも実施できる。
  2. 手術適応
    羊膜を用いた眼表面手術には、以下の 3 通りがあり、各々期待する機序と適応疾患が異なる。
    ①羊膜移植術(羊膜グラフト)
    羊膜を強膜、あるいは角膜実質上に移植し、新しい基質を供給することで、再生する角結膜上皮の適切な分化・増殖を図る。角結膜上皮疾患や再発翼状片、眼表面の腫瘍性疾患、水疱性角膜症が適応となる。
    ②羊膜充填術
    羊膜を代用実質として使う。術後羊膜は実質と一体化し、いずれは実質組織と入れ替わる。角膜小穿孔や非感染性の角膜潰瘍が対象疾患となる。
    ③羊膜被覆術
    羊膜を一時的なカバーとして用い、上皮化させるとともに、消炎を図る。ホストの角結膜上皮は羊膜下に伸展し、羊膜は通常1-2週間で除去する。主に保存的治療に抵抗する遷延性上皮欠損あるいは栄養障害性潰瘍や角膜化学外傷の急性期に有効である。

4.術式

1)手術方法
  1. 羊膜移植術(羊膜グラフト)
    スティーブンス・ジョンソン症候群、化学外傷などの瘢痕性角結膜疾患や再発翼状片で眼表面の瘢痕を伴っている場合、瘢痕組織の切除後に羊膜を強膜上に広く縫着する。通常、羊膜の上皮側を上にして、羊膜基底膜上に角結膜上皮の再生を促す。また、視力回復が望めず、疼痛を伴う水疱性角膜症に対して、疼痛軽減を目的として、角膜実質上に羊膜移植が行われることがある。
  2. 羊膜充填術
    角膜小穿孔創や非感染性の角膜潰瘍が適応である。多層羊膜移植法と呼ばれる方法を用いる。まず、穿孔部周辺のデブリスおよび上皮を擦過除去する。次に上皮側を上にして病変部をカバーするように羊膜を縫着する。ついでその隙間から細切した羊膜組織を穿孔部に詰める。続いて始めに縫合した羊膜の縫合をさらに追加して、詰めた羊膜が脱落しないようにする。最後にその上から 3 枚目の羊膜を被覆する。
  3. 羊膜被覆術
    点眼や治療用コンタクトレンズといった保存的治療に抵抗する非感染性の遷延性上皮欠損、角膜潰瘍に対し、羊膜上皮側を下にして角膜・輪部組織全体を覆うように羊膜を縫着する。術後、1~2 週間で羊膜を除去する。
    化学傷・熱傷やスティーブンス・ジョンソン症候群の急性期で炎症が強く上皮欠損が高度の場合、羊膜被覆を行うことで消炎、上皮化の促進、瘢痕の抑制が期待できる。
2)手術手技
  1. 組織の取扱い方法
    使用直前に解凍し、抗生剤点眼を含んだ眼内灌流で複数回洗浄したのち用いる。羊膜は破れやすい組織であり、取扱う際は縫合鑷子等の無鉤鑷子を用いる。羊膜の裏表は、手術用スポンジなどで表面に触れて、付着しない方が上皮側であることから判断する。
  2. 縫合法
    羊膜の縫合時にはなるべく伸展させて縫着し、羊膜下に組織が侵入しないようにする。縫合前に止血を十分に行い、羊膜下に出血が貯留しないように気を付ける。縫合後に出血が残存する場合は斜視鉤等を用いて鈍的に排出するのがよい。縫合糸は羊膜グラフトでは 9-0 ナイロン糸を、羊膜被覆術は 8-0 バイオソルブ糸等の吸収糸が用いられる。

5.インフォームド・コンセント

羊膜移植に伴って発現する可能性のある合併症と問題点(後述)については十分に説明し同意を得ることが必要である。特に、組織移植であることについての説明は不可欠であり、安全管理に関する対策については十分に理解を得ておく必要がある。

6.術前スクリーニング検査

術前には以下の諸検査を実施し,羊膜移植の適応があるか否かについて評価する。術式毎に特に注意すべきポイントを挙げる。

  • 視力検査:裸眼および矯正視力
  • 眼圧測定
  • 細隙灯顕微鏡検査
  • 前眼部三次元画像解析
  • 角膜形状解析検査
  • シルマーⅠ法試験
  • impression cytology
  • 眼球運動検査
  1. 羊膜移植術(羊膜グラフト)
    瘢痕性角結膜症では、輪部機能の程度、瞼球癒着の程度、眼瞼の形状、涙液分泌を評価しておくことが重要である。再発翼状片では眼球運動障害の有無、水疱性角膜症では瘢痕性角結膜症と同様に術後の上皮化の見通しに対する評価が重要である。
  2. 羊膜充填術
    角膜潰瘍、角膜穿孔ともに原因が感染性であるか非感染性であるかの評価が重要となる。加えて、角膜穿孔では穿孔部の位置と大きさがポイントとなる。充填後は瘢痕治癒するため、瞳孔領への移植では術後視力回復が不十分となる。また、サイズは1.5~2.0ミリ程度が適応の限界である。
  3. 羊膜被覆術
    羊膜スタッフの場合と同様、感染の有無を術前に評価することが重要である。

7.術後管理および合併症

基本的に原疾患に対する投薬を行い、抗菌剤点眼による感染予防と、副腎皮質ステロイド剤による消炎を行う。術式に応じて以下の点に注意する。

  1. 羊膜移植術(羊膜グラフト)
    結膜上皮の再生には2週間程度かかることが多い。上皮化が遅延する場合には、治療用コンタクトレンズや涙点プラグ、血清点眼などの上皮管理を行う。
  2. 羊膜充填術
    再表層の羊膜カバーは長めに残し、実質の再生を促す。ザイデル試験や眼圧の状態、あるいは前眼部光干渉断層系検査によって潰瘍・穿孔の修復状態を観察する。
  3. 羊膜被覆術
    通常1週間程度で抜糸して除去する。その時点で上皮欠損が残っている場合には、上記1)に準じた上皮管理を行う。
  4. 合併症
    1. 縫合不全、離解
      必要に応じて再縫合を行う。
    2. 羊膜下出血、血腫
      時間経過とともに吸収されることが多い。吸収に時間がかかる場合は斜視鉤等で用手的に排出する。
    3. 感染症
      羊膜の採取、準備等の取扱いにあたってはガイドラインに定めた厳格な感染症チェックが行われている。原疾患や手術に関連する感染症に対しては、通常の眼科手術と同様の管理・予防を行う。
    4. 羊膜に対する免疫反応
      羊膜は拒絶反応などの免疫反応を起こしにくい組織として知られているが、羊膜被覆術などで繰り返し使用すると、前房蓄膿などを伴う無菌性の免疫反応を起こす場合があることが知られている。これに対しては副腎皮質ステロイド剤が有効とされる。

おわりに

適応疾患については、今後、手術症例を全国的レベルで登録、集積し、その長期手術成績や安全性をもとに再検討すべきであり、必要に応じて本ガイドラインも改定しなければならない。なお、医療は本来医師の裁量に基づいて行われるものであり、医師は個々の症例に最も適した診断と治療を行うべきである。日本角膜学会および日本角膜移植学会は、本ガイドラインを用いて行われた医療行為により生じた法律上のいかなる問題に対しても、その責任義務を負うものではない。

文献
1) de Rotth A:Plastic repair of conjunctival defects with fetal membranes. Arch Ophthalmol 23: 522–525, 1940. 2) Sorsby A, Symons HM:Amniotic membrane grafts in caustic burns of the eye. Br J Ophthalmol 30: 337-345, 1946. 3) Kim JC, Tseng SC:Transplantation of preserved human amniotic membrane for surface reconstruction in severely damaged rabbit corneas. Cornea 14: 473-484, 1995. 4) Shimazaki J, Yang HY, Tsubota K:Amniotic membrane transplantation for ocular surface reconstruction in patients with chemical and thermal burns. Ophthalmology 104: 2068-76, 1997. 5 ) World Health Organization : First Global Consultation on Regulatory Requirements for Human Cells and Tissues for Transplantation, Ottawa, 29 November to 1 December 2004 : report. WHO Press, Geneva, 2005. (ISBN 92 4 159329 6.)